恋人でいたいのに教師になってしまう

水川君はとても頭がいい。真面目で正義感も強い。だが不器用なのだろう。
恋人ができてもなかなか続かない。
理由は何度も聞いている。
恋人同士という対等の立場でいたいのに、
いつの間にか彼女を教育してしまっているのだという。

たいていは些細なことから始まっていく。
例えば電車にのるとき、彼女は降りる人を待たずに乗ろうとした。
彼はそれを指摘して「ちゃんと待ってから乗ろうよ」と優しく話した。

例えば彼女と有名なラーメン屋に行った時に、
ラーメンを食べながら彼女が「この前行ったラーメン屋はもうちょっとおいしくて」と話し始めた。
彼は口の前に人差し指を立ててしゃべるの制し、
ラーメン屋を出てから彼女の行動が適切ではなかったことをやんわりと伝えた。

「付き合っていると相手の良い所、悪い所って見えてくるじゃないですか、
 悪い所をこう直していけば、もっと素敵な人になるし、
 彼女の周りの人からも素敵だと思われるようになり、
 彼女の人生そのものがもっとよくなるだろうって考えちゃうんですよね」
「もちろん、押し付けになってはいけないって思います。
 だから自分の考えが主観的すぎると思ったら言わないですし。
 伝えるタイミングも言い方もよくよく考えて抜くようにしています」

よくよく考えぬいた彼は彼女に、
キミはこうこう、こうなってることがあると思うんだ、
だから、こうしてみるのはどうかな、そうすればもっとこうなるよ、
とアドバイスを送りはじめ、彼女がそれを実行できると、
すごいね、できてるね、と褒めるのだ。

その行動が続いていくうちに、水川君の中に違和感が広がっていく。
もともと彼は対等な立場で、お互いが一緒に成長していけるような関係を求めている。
ところが、恋人には水川君が一方的に教えることばかり。
なぜ彼女の成長の手伝いばかりしているのだろう、
なぜ教師と生徒のような関係性になっているのだろうと。

そして水川君から別れを切り出す。恋人だと思えなくなったと。
ちなみに逆もある。彼氏だと思えなくなったと。
そんなことがあるたびに水川君は悩む。
なぜ自分は教師みたくなっていってしまうんだろうと。

「我慢できないことを考えると自分は"言いたい人"なんだと思います」
「でも、本当に相手の幸せを思ってやってしまうことで、自分なりの愛情表現でもあるんですよ」

水川君はとても頭がいい。真面目で正義感も強い。だが不器用なのだろう。
他人を変えるのは難しい。
自分を変えるのも難しい。